月20万円を自動化する起業家になったから、赤裸々に僕の地獄エピソードと理念を語ってみた。

 

初めまして、ぐっちです。

僕は今27歳の時にインターネットビジネスを
知ったことがきっかけで、

29歳から個人事業としてたった1人で
インターネットを使ったビジネスをしています。  

 

とりあえず、 「お前誰だよ。」 と
なると思うので、

今から自己紹介をしていきます。

 

僕の仕事はインターネットを使った
マーケティング事業です。

 

簡単に言うと
文章を書いたり、
商品を売ったり、
YouTubeをやったり、
人をプロデュースしたりしてます。

 

27歳の時にパソコン1台とスマホ1台のみで
稼いでいく世界に出会いました。

そして、28歳(2019年の11月)に
会社を辞め、

アルバイトと派遣をしながら
29歳(2019年の4月)から本格的に参入しました。

 

今僕は29歳で来年30歳になりますから、
インターネット事業を始めて、
もうすぐ4か月になります。

 

僕はこの世界でに出会い、人生が変わりました。

 

では、箇条書きで軽く僕の自己紹介をしていきましょう。  

 

・月収20万円の収入を完全に自動化。
・最近は資産作りに没頭して1日ネット上に10個以上資産を量産
・それをLenovoの薄型PCとスマホのみで行う
・ほぼ毎日自宅で作業する
・毎朝8時になったら寝て、昼過ぎに起きても問題ない
・お金も知識もスキルもない状態から学びまくることで稼げるようになる
・好きな時に好きな場所で好きなだけ好きな事ができる
・何回か人生のどん底を経験して楽〇で借金する
・寝ているだけでお客さんから連日感謝のメールを頂く
・ネット環境さえあればどこでも仕事ができる
・ノウハウをコレクトし続けた結果、自己投資70蔓延以上する
・毎日有料教材で勉強して知識を得る
・完全なる精神的自由を手にする
・知識を脳に入れてそれを動画でアウトプットすることが快感
・会社員の元同僚にネットビジネスの世界を教え起業させる
・来年から裏側で個人プロデュースを始めようとしている
・100万稼いでいる人が世の中にゴロゴロいて、自分でも月収100万稼げると確信する
・人生を謳歌するために日々努力する ・時間の浪費が嫌になる
・ネットビジネスをするときは興奮しすぎて睡眠さえも忘れる時が多々ある
・etc  

 

ここまで読むと、
とても信じられないと思います。  

 

正直、僕も他の人のブログや発信を
初めて見たときは

超怪しいし、才能があったからできたんじゃないの?

という感じでただただ言い訳を言っていたんですが、

 

ビジネスの世界の事や知識を知れば知るほど、
どんな人でもその理想に到達できる ということを理解しました。  

 

なんか偉そうに話してますが、
もちろん僕は元々なんの知識もなかったですし、
社畜営業マンとして毎日サービス残業して、
酒にお金を溶かして、
日々会社の愚痴や不満を言いまくって、

人間として、何もかも欠落した状態でした。

 

そして知識をつけるために、
素直に勉強して実践した結果、上記のような状態を達成しました。  

 

人に直接お会いしたり、
本を読んだり、
毎日のようにたくさんインプット(勉強)する事で、

 

自分がまだまだしょぼくて、
この世界には本当にすごい方たちが
たくさんいる事が知れまして、

自分など井の中の蛙大海を知らずと実感する毎日です。  

 

ネットビジネスを数か月も数年も先に始めている人の コンテンツ量(YouTube本数、ブログ記事本数)を 超えただけで、
「この人達、本気でビジネスに取り組んでるのか?」
と調子に乗っていた時期もありました。

 

ですが、上には上がいる事を 実感するたびに、
そんな調子もすぐに消えます(笑) と語っていますが、

 

僕が人生を自由に生きていくことができる
なんて考えてもいませんでした。

 

僕は高校生のときに母親から
「おまえなんて産まなければよかった」と言われ自殺を考えたり、
父から「私の言うことが聞けないなら親子の縁を切る」とも
言われるような複雑な家庭環境で育ちました。  

 

親が世間体ばかり気にするから、
行きたくもない大学にわざわざ行って、
適当に就職して、
それなりに安定した収入を得る。

 

こんなことばかり考えて営業職で4年働いていました。

 

親から自尊心を欠落させられるようなこと
ばかり言われて育ったから

自分に自信なんてなくて、
世の中を呪って生きてきて、

 

それでも僕には婚約したいと本気で思えるほど
好きになった人ができて、
幸せに過ごしていました。

 

しかし、そんな幸せな時間も一変して
地獄に叩き落されて  

鬱病が発症して、
衣食住と100万円の貯金を失って、
チョコスティックパンのみの生活が始まりました。  

 

今生きていることが不思議なくらいで、
当時は相当精神的に辛い状態でした。

 

でも、そのことがあったからこれからを真剣に
考えるきっかけになって、今では本当に感謝しています。  

 

もちろん今では当時の地獄のような体験に
対してものすごく感謝の気持ちでいっぱいですが、

 

何より僕は人に気を遣う事が
ものすごく嫌いな人間なので、  

 

「なんで、俺ばっかりこんな不幸な人生を歩まないといけないんだよ!!!」

 

28年間こんな感じでした。

金に恵まれず、
親にも恵まれず、
何か特別なスキルも 一切なかったので、
当時は相当ひねくれていましたね(笑)  

 

そんな状態から知識をつけた事で
起業という選択肢をして、
あまりこういう話しは好きではありませんが、

今では月20万円を完全に自動化できまして、
さらに知識を学び続けています。  

 

そして、知識を学べば学ぶほどに
「自分はまだまだこんなもんじゃない」 と思えて
今年中に月100万円くらいの不労所得を
作るために今、仕組み作りをしています。  

 

単純に、胡散臭いですよね。  

 

怪しいし、どうせネズミ講だろ?みたいな。  

 

ネットで稼げるわけがねぇだろ!嘘だ!

 

こんな風に思われるかもしれませんが、
僕にとって上記のような世界は当たり前ですし、
まだまだ異次元ような世界が広がっています。  

 

まずはなんとなくでいいので、
それを認識していただいて、
その上でこのブログを読んでいただければ嬉しいです。  

 

そしてこのブログのコンセプトは、


「スキルを身に付けて、魅力的で自信を持った個人を増やす。」です。  

 

どんな人でも、スキルを身に付けることによって、
たった1人でも稼いでいける魅力的な人間になって、
会社の看板無しで個人で稼げるから自信がついて、
そういった人が増えればいいなと素直に思いました。

 

僕がこうして発信しているのも、
”スキルを身に付けた魅力的で自信を持った個人”を増やしたいからです。  

 

その上で、
ある4つの自由を高めていくことで、
さらに楽しくなるし、
人間らしくなると確信してます。    

 

は?何言ってんだ?  

 

と思われるかとおもうので、
今から説明していきます。  

 

まず、この4つの自由とは、

・金銭的な自由
・時間的な自由
・精神的な自由
・身体的な自由

を指しています。  

 

僕はこの4つの自由を高めていく事に
日々フォーカスして生きています。

 

なぜこの4つなのかと言いますと、
いずれも密接な関係になるからです。  

 

お金がないと食べていけませんし、生活ができません。

そのお金を得るためには時間を使わなければ得る事ができません。

 

時間があっても、お金が稼げませんし、
それに伴って精神手にもキツく、身体もしんどくなってしまいます。

 

逆にある程度のお金を自分で稼ぐことができれば、
時間は圧倒的に増えますし、

それによって 心にも余裕ができて、身体の調子もよくなります。  

 

自信もものすごくついて、 本当にいいことしかありません。  

 

今仮に、サラリーマンに戻ったとしても、
なんでもできる自信しかありません。  

 

もし身体が悪くなって病気にかかったとしても
お金があればその病気を治すことだってできます。  

 

これが、この4つは密接に関係している
ということなのです。  

 

そしてこの僕のブログでは、
今まで僕が数多くの失敗と成功を経験し、
巷によくある簡単に!楽に稼げます!

 

みたいなバカげた情報ではなく、
本当の意味でお金をどのように稼いで行き、
圧倒的に時間を増やして行くための方法や
精神をより安定させてストレスフリーになる方法や、
身体をどんどん健康していく方法などを書いて行きます。  

 

ですので、是非興味のある記事から
どんどん読んでいただいて、
僕から圧倒的に知識を吸収して頂ければと思います。  

 

僕の過去の経験やエピソードを
それぞれの記事で織り交ぜて行きながら
書いていく事で、 あなたに理解してもらえるかと思います。

 

なので、本当にざっくりですが
今から僕の過去の物語を今から共有していこうと思います。

 

小学生~毒親の子~

 

 

僕は、平成2年(1990年)に徳島県に生まれました
生まれた家柄がそれなりに世間でいうところの
裕福な
家庭でして、

小学生までは 習い事で習字、塾、ピアノ、水泳、テニス を習っておりました。

 


父は、頑固な感じで冗談が下手な人 口を開くと人を小ばかにするようなことしか言わない人
簡単に説明すると企業の頭の固い社長のような感じです。

母は、ヒステリックな感じの人
大切に思ってくれてるかと思いますが
大切の仕方が毒親そのもの

こんな家庭環境です。

 

こんな家庭環境に産まれてきたもんですから
友達と話すときに自分の意見を言うこともできなくて

 

「おまえはどうすんの?」

 

なんてことを友達から言われることも多くて
自分の意見を言わないから友達に見限られて
どんどん孤立していきました。

 

中学生、高校生~ことごとく親に人格否定される~

 


転勤が多く、あまり地元に執着もなかったです。

 

中学生から高校生にかけての受験で僕の人生で
初めて
違和感を感じたように思います。

 

僕は、工業系の高校を志望してたんですが、
専門的な学校では
潰しが効かないと親から
普通科高校に行けと言われました。

 

普通科高校でなければ、
携帯電話は買わないからなと脅し付きでした。

 

僕は従うことしかできなかったため、
しぶしぶ普通科高校に行くことに
なりました。

 

そして高校生になって、2年生の時
僕の人生に大きな傷を残す出来事が起こりました。


その時、とあるテストがあったんですが、
後ろの席のやつにカンニングさせてくれと言われました。


理由は、そいつが剣道部の副部長で赤点を取ると大会に出られないから
ということでした。

何ももたない僕からしたら、
別にカンニングくらいいいかという軽い気持ちで
そいつに答案を見せて

そして、先生に見つかりました。

 

僕とそいつは謹慎処分に。

 

親は泣きました。
「あんたなんか生まなければよかった」 と言われました。

 

僕は、死のうと思い、
川に飛び込もうとしました。

 

それを引き留める親

 

どうせ世間体しか考えてないんだろと思い
僕は腐る一方でした。

 

大学生~零れ落ちた幻想の自由~

 

 

大学生になり、僕は家をでました。

 

初めての一人暮らし、
楽しみという反面

 

不安な気持ちもありましたが、

 

当時は家を出られる喜びに震えておりました。

 

そんな中、バイトを始めようと思い
親に相談しました。

アルバイトを始めるにあたって親の許可がいるとのことで
親に連絡しなくてはいけなかったので連絡した感じです。

 

正直、親になんて連絡したくなかったんですけどね(苦笑)



親からは、バイト代の倍は出すから
学業に専念しろと言われました。

 

これを見て2種類の人間がいるように 思います。

 

①倍ももらえるならバイトしねーわ
➁ふざけんなよ

 

僕は、後者でした。

 

親の金で遊んで何が楽しいんだ。

 

そんなことを思い、バイトを始めました。

 

大学だって一人暮らしだって親の金なのに
何を考えてたんでしょうね、当時の僕は。

 

とにかく親からの言い分が気に食わなかった。

 

それは今も同じです。

 

親に背きまくり、それで成功収めて見せる。

 

そう思って生きております。

 

そして、成功を収めた暁には親に感謝を
伝えたいと考えております。

 

話が外れましたが、 アルバイトでも充実の一言でした。

 

バイトリーダーにまでのしあがりましたし
オーナーからも店長からも慕われ、
バイトメンバーにも
恵まれ、
大学生活ってむちゃくちゃ楽しかったですし

 

 

ここで今の僕の根っこの部分が出来上がったのは 間違いないように思います。

 

本業の学業でいうと….

 

毎年、留年勧告の嵐。

 

そもそも、 家からでるというので僕の目的は達成していた為
学業なんてどうでもよかったんですよね。

 

そして、4年生になって当然のように留年。

 

流石に焦って勉強と就活を始めました。

 

しかし、大学の単位は取れるものの、
就活の面接がうまくいかない。

 

何社、何十社受けても、内定がでない。

 

当時、就職氷河期と言われてはいたものの全然でない。

 

僕は、いろんな土地でいろんな価値観を深め、
自分がこれだ
という道もこの時見つけていた。

 

これがそもそもダメであったことに気づいたのは5年生の冬だった。

 

僕の思考は世間から外れまくっていた。

 

会社というのは、
右も左もわからないただキラキラしている

純粋な人間を好む傾向にある。

 

簡単に説明すると
「サザエさん」の 「タラちゃん」のような

存在を好むのである。

 

あの作品はうまくできている。

 

タラちゃんがいなかったら磯野家は崩壊している
だろう
とも思う。

 

僕は思考だけでいうとすでに「波平」クラスであった。

 

自分が正しいという道を唯我独尊で突き進む。
頑固おやじであった。

 

5年生で内定が出ず、

 

親から「帰ってきなさい」の一言

 

僕は、ボロ泣きした。

 

楽しいだけじゃ、生きていけない。

 

自分で生活基盤を獲得し、
その上でないと
本当の自由は手にすることができないんだと

 

泣いて泣いて泣いて後悔した。

 

僕は大学最後の年、
体重が1年間で30kg近く太っていた。
 

 

 

地元への帰還→就職、そして…

 

 

大学を卒業してからの僕は、徳島県に戻った。

 

徳島県に戻ってからは、
親に反発し
定職にはつかずに、
自分で生活できるお金と時間を
手に入れるために
アルバイトを始めた。

 

お金がある程度まとまったら夜逃げするつもりでいたからだ。

 

しかし、親から正社員になりなさい」と言われていた。

 

正直、正社員になることが素晴らしいことだと
当時から
思っていなかった僕としては、
なりたいとも思っていなかったし

 

なるにしても自分が幸せだと思える環境でないと
それは意味がない
ものだと認識していた。

 

僕は、根負けして徳島県で商社営業の正社員になった。

 

基本給18万円、
福利厚生で社宅(月5000円でマンション借り上げ)
とボーナス、厚生年金、退職金のある会社だ。

 

徳島県ではそれなりにいい会社だと思えた。

 

父からは、 「石の上にも3年。自分で決めたのだから3年は働きなさい」 と言われた。

 

僕は、腸が煮えくり返った。

 

別に徳島県で就職したかったわけ でもないし、
親に正社員になれと言われた
から なっただけなのに、
あたかも自分でなりたくて なったと思われていたからだ。

 

しかし、 それと同時に自分が無力だから
親に従うしかなかったんだという

気持ちの中で何も言い返せなかった。

 

僕は、香川県の営業所に配属になった。 ここから社畜営業マンの始まりである。

 

実家を出る数日前、
父と口論になったことを覚えている

理由は覚えていないが

 

父から 「そんなに家が気に食わないなら出ていけ」
と言われたことだけは鮮明に覚えている。

 

僕は、 「言われなくても出て行ったるわ。二度と戻らんからな」
と言ったことを覚えており、

 

これから先のどんな地獄体験でも実家に出戻りしていない。

 

仕事が始まり、毎日生き地獄であった。

 

朝7時30分に出勤し、夜は遅い時だと22時。
たまに2徹とかした日もあった。

 

そして現実として、基本給に残業代込、ボーナスは通期で3か月分、
電話当番により夜中でも電話がかかってくる、 昇給は年に500円という生き地獄であった。

 

手取りは12万くらいで、
たまに会社の人と愚痴を言いあい酒を飲むことで

嫌なことを忘れようとしていた。

 

4年目の春、僕はその会社を退職し、
京都にある製造業のメーカー営業に
転職を決めた。

 

親には、 「会社やめた、転職したから京都に行く」 とだけ伝えた。

 

親からは 「ふざけるな、何考えてるんだ」
と怒涛の罵声を浴びせられた。

 

気持ちはわかる、
ただ、待遇も環境もよくなるのに何故そこまで

罵声を浴びせられなきゃいけないのか分からなかった。

 

親に 「あんたなんか生まなかったらよかった」とか
「家が気に食わないならでていけ」とか言われていて、

 

身の状況を報連相するやつが
どこの世界にいるのか。

 

そんな奴いないと思う。

 

それにどうせ、
相談していてもちくちく罵られていたに
違いない。

 

それだけは、本能的に理解していた。
だからこそ、勝手に行動した。

 

”俺の人生は、俺のものだ”
そう自分に言い聞かせた。

 

京都の会社はとてもホワイト企業に思えた。
残業代は含まず基本給22万円、
ボーナス5か月分、
労働組合、
食堂完備、
厚生年金、
退職金

 

仕事が始まってからというものの、
難しいことはあれど、とても充実していた。

 

しかし、違和感があった。

 

営業は、他部署に嫌われており、
下手にでないと他部署が協力してくれない。

 

労働組合は現場作業の手の中にあり、
多数決で物事が動くため、

営業の言い分なんて通らなかった。

 

そんなさなか、東京営業所の出向が決まった。

 

転職して半年もせずにである。

 

僕は、即答で出向を受理した。

 

理由はアニメ、声優のオタクだったから、
東京で生活することが夢であったし、
自分が叶えたかった一番の望みであったからだ。

 

そして、東京に出向したさなかに彼女もできた。
本当に順風満帆で幸せの絶頂期だと思えた。

 

しかし、このあと最大の地獄が待っているとも 知らずに。

 

地獄、地獄、地獄~底なし地獄のどん底人生~

 

東京の営業所で担当を持ち営業活動をしていたが
上長からは
「殴られようが蹴られようが関係ないよな」
「東京は京都ととはやり方が違う方やり方を変えろ」
「タイムカードは20時になったら切って仕事しろ」

 

全く理解ができなかった。

 

そして、お客さんの緊急事態で対応をお願いされ
どうすればよいか上司に相談すると 

 

「自分でやってみな笑」
「なんでそれがそうなるの?もっと考えろ」

 

全く理解ができなかった。
なぜ、教えない。

 

「緊急性があったほうが人は成長する」
バカなのか。

 

お客さんが困っているのに
なにゲラゲラ笑ってんだ。

 

そして、僕は鬱病になった。

 

ごはんが喉を通らない。
睡眠薬を飲んでも眠れない。

 

寝つけたとしても気づいたら、
外を徘徊している。

 

僕は、泣きながら夜中外を徘徊していた。

 

そして、会社を退職し、千葉県に引っ越した。

 

彼女の家から少し近いし、
彼女から 「一緒に住める広さの家に住みたい」 と言われたからだ。

 

彼女も彼女で鬱気味で、
毒親に困らさせられていた。

 

僕は、彼女だけは守ると心に誓い、
仕事を探して
仕事に就いた。

 

しかし、その会社も2週間で退職。

 

その会社は、ゴリゴリの体育会系で、
暴力は当たり前の
ような社風であった。

 

それに気づけなかった僕がバカであったのだ。

 

彼女から、 「うちにこないか」 と言われた。

 

家賃も払えないし、
実家に戻ることなんて許されなかった僕は
承諾して、

 

婿養子予備軍のような形で彼女の実家に転がり込んだ。

 

ご両親はとてもやさしくしてくれた。

 

しかし、 そこにはいつまでも気を張り続けないといけない、
気の休まらない空間しかなかった。

 

僕は、そこでも仕事を始めた、
卸業のトラックの運転手だ。

 

その会社はわりと雰囲気がよく、
楽しく仕事ができていた
ように思う。

 

しかし、帰っても気が休まらないため
ご家族が家にいない時
に帰ったり、
家にいる時は与えてもらった部屋に
引きこもるような
生活になっていっていた。

 

僕は、自然と距離を置くようにしてしまっていたのだ。

 

そのときの心理状態は思い出せないが、
いっぱいいっぱい
だったのだろう。

 

そして、彼女は鬱になり、
拒絶されるようになっていった。

 

同時期、僕はトラック運転中に積み荷を載せたまま
高速道路でトラックを横転させた。

 

完全に僕の不注意である。
本当に死んだと思った。

 

会社に居場所がなくなった僕は、
会社を退職した。

 

そして、彼女にも振られた。

 

彼女に振られた僕は、
家を出て行かなくてはいけなくなった。

 

当然である。

 

しかし、すぐに立ち退きできず、
彼女と話しをして
1か月だけ猶予をもらった。

 

この時は本当に感謝しかなかった。

 

僕は、人を幸せにしたいとか、
人のためにとか考えてるくせに

むちゃくちゃクズな部分があったように思う。

 

家も金も職も彼女も失い、
僕は絶望の中にいた。

 

まともな思考をしていなかったように思う。

 

必死に生にしがみつくようにもがいて
生きていたことは覚えている。

 

ごはんが、1日6本入っているパンを1本だけの生活になった。

 

1か月で10kg以上痩せた。

 

そして、埼玉県に引っ越した。

 

理由は、埼玉県は東京の文化を千葉県よりも
受け継いでいるが
物価が安く、 外から来る人間を拒まないような環境であったからだ。

 

引っ越してから貯金が尽きた。

 

完全に生き地獄。

 

仕事を始めようにも、
身元保証人がいない僕に日本の企業が
優しくないのはわかっていた。

 

かといって、 親に頭を下げるつもりもなくそれなら
死んだほうが
ましだと思っていた。

 

毎日死にたくて、
毎日泣いて、
泣きながら迷惑のかからない死に方を

ネットで調べた。

 

2日ほど、ごはんを食べない日があったある日、
ある小包が
送られてきた。

 

覚えがなかったが、その小包を開けた。

 

その小包には、食料と色紙がはいっていた。 色紙にはこう記されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

と。。。。 僕は、思いっきり泣いた。
泣いて泣いて泣いて叫んだ。

 

人間ってただ生きてさえすればいんだと思えた。

 

生きていれば何かいいこともあるんだと思えた。

 

生きて生きて生きて、
どんなに醜くても惨めでも
ただ生きてさえすればいんだと思えた。

 

これをくれたのは、オタク友達たちだ。

 

カンパしあって、
食料を買って色紙を書いて届けてくれたのだ。

 

僕は、一人だと思っていた。

 

でもこうやって支えてくれている人が
いることを知った。

 

そして、支えてくれた人に次こそ間違えないで 恩返しすると誓った。

 

その恩返しとは、 生き続けることである。

 

そして、時が来た時なにかちゃんと
お礼をしたいと思った。

 

僕は、派遣とアルバイトを探して、
休む暇のもなく働いた。

 

働いて働いて働いて、
少しお金にも余裕ができたとき

このままでいいのかと考えた。

 

そして、出会ったのだ。
ネットビジネスという世界に。

 

 

ある一人の男(師匠)との出会い

 

 

派遣とアルバイトでそれなりに
稼げるようになったものの

 

「この先このままでいいのかな…」
という不安が突然こみあげてきた。

 

そして、Twitterでフリーランスについて
調べるようになっていた。

 

フリーランスについて調べた理由としては、
実績と実力があれば、受け入れてくれるからである。

 

日本という国は特に信頼、信用が必要な国であり
信用や信頼を担保に仕事をしている。

 

どういうことかというと
約8割~9割の正社員の仕事で身元保証人
というものが
ないと働くことができないのである。

 

最近だと、派遣やアルバイトでも求めてくるところ
は少なくない。

 

身元保証人というのは、
本人が仕事する上で、何か損失があった場合、
協力してその損失を補う人のことである。

 

このように信頼も信用もない人間を稼ぎのある人が
これから労働する人間を保証するというものである。

 

ざっくり説明するとこんな感じであり
だいたい両親、兄弟姉妹になってもらうことが多い。

 

もちろん、血縁者は不可として、
友人などに
それを求めさせるケースも少なくない。

 

話が少し逸れたが、僕には身元保証人がいないのである。

 

両親には現状仕事を辞めている話なんてしていないし、
それこそ、正社員じゃなく派遣とアルバイトである。

 

僕は、2社目に転職する際、親とむちゃくちゃ口論をしていた。

 

もちろん転職先を見つけたあとの事後報告であるが
1社目の状況や稼ぎ、先がないこと、全て伝えた。

 

その上で行動して結果もだした。

 

経過だけで、結果を示さないと
「やめておけ」
「無理だ」
「転職なんてするな」
など、

 

どうせ言われるに違いないと思っていたからである。

 

しかし、親から言われたことは
「根性なし」
「転職するなんて何考えてるんだ」

「勝手に決めやがって」

 

怒涛の罵声であった。

 

僕は、怖かった。

 

自分で行動して人生で失敗したわけで、
今それを話すと何言われるかわからないし、

 

おそらく完全に僕は自我が崩壊する自信があった。

 

だからこそ、正社員という道は考えなかった。

 

そもそも、正社員になるとまた地獄をみる可能性が
あったから外していたというのもある。

 

時は流れ、いつものようにtwitterを眺めていたら
メンタリストDaigoのアカウントがタイムラインに流れてきた。

 

僕は、興味本位でDaigoの上げている動画を見た。

 

そして、価値観が一気に変わった。

 

Daigoは、自由を手に入れるために活動しており
自由になるためには、
資産と資本と民衆(フォロワー) を最大にしていく必要があり、

 

そのためにいい方法があれば
どんどん変えていくと言っていた。

 

メンタリストの仕事をしていたのも、
フォロワーを最大にするためには、
テレビでまだ誰もやっていないような
パフォーマンスをするのが手っ取り早く、

 

他にいい方法があれば、
やっていなかったと
語っていた。

 

僕は、唖然とした。

 

そして、ぼんやりとだが
”自由を手に入れるためには”
意識するようになったのである。

 

そんなさなか、出会いがあった。

 

それが、師匠との出会いである。

 

いつものようにtwitterを眺めていると
あるアフィリエイトというネットビジネスを
やっている方のメルマガ登録ページが流れてきた。

 

そこには、
真の自由について書かれており
僕は興奮した。

 

これだと思い、メルマガを登録した。

 

ちなみに真の自由とは前述した、
金銭的自由
・時間的自由
・身体的自由
・精神的自由

の4つのことを指している。

 

 そして、 怪しいな、胡散臭いなと思いながらも
その方から送られてくるメールを読んでいるうちに
どんどんその方に惹かれていき、

 

「僕もこの人みたいになりたい」

 

思ったのである。  

 

 

2ヶ月で月収20万円を自動化

 

 

僕は、師匠から送られてくるメールの過程で自由になるために必要なことを学んだ。

 

そのことで一番大きな要因は
”自分の力だけで働いてお金を稼いでいるうちは自由になれない”
ということである。

 


人は普段労働して、
その対価として給料をもらっているから
この概念を聞いたとき初めは意味が分からなかった。

 

でも、今ならはっきりその意味が分かる。

 

今は大昔と違い、人の力以外に機械やITの力が存在する。

 

その力の比率を
自分の力0%
他人や機械やITの力100%
でお金を稼いでいくということである。

 

正直、これを知ったとき目からウロコであった。

 

これを可能にするためには”仕組み化”というものが必要で

パソコンを用いて、
ネット上に自分だけのネットワークを構築して

その中でお客さんを集めて、
お客さんに興味を持ってもらって、
信頼してもらって、
ファンになってもらって、
商品を販売する。

 

そして、これら全てを完全に自動で行うことで
自分の力を全く使わなくても自動でお金が稼げる
ようになってくるのである。

 

僕は、無料の情報でこれら全てを理解して
とにかく最短最速で仕組みを構築するために

 

貯金0でしたが、50万以上勉強のために
自己投資しました。

 

そして、2ヶ月後20万円の僕だけの自動お金発生装置ができて
今は、そのお金発生装置を

30万円→50万円→100万円と大きくしていっている。

 

そして、これは今だからこそ言えることだが、
人間の力なんてたかが知れているし限界がある。

 

それでも人間は知性があって、考える生き物だから
現状よりも楽するために文明を発展させてきた。

 

僕がやっているビジネスは
”如何に超楽してお金を稼いで、自分の好きなことを思う存分するか”
ということである。

 

そのために、正しい勉強方法で正しく努力をして
誰よりも楽するために今真剣に仕組み化に取り組んでいる。

 

理想の生活を手に入れる

 

僕は現在、理想の生活を手に入れるべく
日々、仕組み化に時間を割いている。

 

そんな僕が理想としている生活は、
AM8時に就寝→PM15時起床→自分の好きなことをする時間
という一日のサイクルである。

 

完全に自由になれば別に他の人が
朝から夏のうだるような暑さに
嫌気をさしながら電車に乗って、
汗臭いおっさんに挟まれて
電車を乗り換えして、
疲れはてて職場に着いて

禿げた部長とデブの課長に
嫌味を言われながら仕事して

夜遅くまで残業して
電車に乗って臭いおっさんに
挟まれながら家に帰る必要がなくなるし

 

冬の寒い時期に、加齢臭漂わせてる
おっさんに押しつぶされて会社に行く事がなくなる。

 

なぜなら僕は今、寝間着で家で仕事をしているし
空調の効いた快適な部屋でのびのびと仕事をしているからである。

 

そして、もっと自由になって
アニメ、声優さんのイベントやライブ終わりに
「明日からまた仕事か…」と思うことなく

「明日も休みだし、旅行行ってうまいもんでも食べようかな。」
「旅行から帰って来たら、アニメ見て、見終わったら、映画見に行こう」
「暇だし、ハワイにでも行こうかな」

 

こういった生活を実現させるために
無駄な努力は抜きにして、正しく努力をしている。

 

労働していては絶対に実現できない理想的な生活である。

 

でも、こういった生活をしている人を僕は何人も
知っているし、その人達が自由になるための
仕組みを作っていることも知っている。

 

だから、自分だけの仕組みさえ作ってしまえば
完全に自由になれるのである。

 

インターネットビジネスが仕事→趣味へ

 

僕はこれまでインターネットビジネスに取り組んできて

挫折しそうになったり、
辛いと思ったことが何度もありました。

 

でも、それでもやり続けてきたことによって仕事が
完全に趣味の領域に移行されつつあります。

 

それは、”気になることが増えた”ということが大きいです。

 

どんなビジネスでも本質は同じで

 

商品が売れる背景には”お客さんの悩み”が関わってきます。

そのことを正しく理解して、解決してあげる。

 

これによって、個人でも稼げるようになってくるわけです。

 

ただし、その”正しく”というのがやはり難しいです。

”正しく”理解して解決しているはずが、
単純に自分が提供したい価値だけを
押し売りしているビジネスなんて
世の中に腐るほどあります。

 

だから僕は、
”お客さんの悩みを正しく理解する”
ことに特化して
日々勉強をしています。

 

具体的には
読書をしたり、
教材を勉強したり、
売れてるアニメや漫画や映画からヒントを得たり

になります。

 

これって別に僕だからできることではなく
誰でもできることなんですよね。

 

ビジネスの全体像をしっかりと学んで、
実際に個人でお金を稼ぐことを体験して

 

学校で教わるような「決められた社会のレール」
に縛られることなく、そのレールから外れて
「自分だけのレール」をビジネスを通して作っていく。

 

そのためまず、
必要なスキルをしっかり身に付けることが大事です。

そして、魅力的で自信をもった個人になってほしいというのが僕の想いです。

 

だから、
その決まりきった幻想(レール)をぶち壊して、
一度きりのあなただけの人生をつかみ取ろうぜ!

 

ということですね。

 

ーーーーーーーぐっちの物語終わりーーーーー

 

 

改めて「スキルを身に付けて、魅力的で自信を持った個人を増やす」のおさらい

 

長々と話しましたが、
ここまで読んでいただきありがとうございます。

 

僕のブログは、
スキルを身に付けるために、たった1人でも稼げる魅力的で自信を持った個人になる

という考えも基にして
読んでもらえると、非常に読みやすいかと思います。

 

僕はYouTubeとブログで
情報を発信しているのですが、

「ぐっちだからできたんでしょ?」
と言われることがあります。

 

人よりも努力してきたから毎日コツコツ個人でビジネスやれるんだ。
みたいなことを言われるわけですが、

全くそんなことはありません。

100%断言します。

 

まず、僕は結果が出るのが遅いです。
マインドがブレブレすぎて、
何度も挫折しそうになって
自堕落な生活に逆戻りしたことも何度もあります。

 

しかも、昔から毒親に育てられたせいで
自分で意思を伝えることが本当に苦手で、

 

そのせいか、僕は本当に最近まで、

 

ただの社畜営業マンで、
自信がなくて、
コンプレックスの塊でした。

 

YouTubeで今は普通に話せていますが、
1番最初にアップした動画なんて、本当にクソです。

 

話してる内容は訳がわからないし、
詰まりまくるし、
自信もまったくない。

 

こいつ何話してんだ?おそらく観たら、そんな風に思うはずです。

けれども、そんなダメ人間でも変われる。

 

ちょっとしたきっかけさえあれば、
どんな人間でも確実に知識をつけて
学びさえすれば、絶対に人生を大逆転させることができるんだよ。

ということを強く言いたいです。

 

結局は、僕たち日本人は
学校ではそんな自由に生きていくことなど、
ほとんど教えてくれないわけなんです。

 

だったらもう、自分で知識をつけて、
学んでいくしかないのです。

 

日本にいる以上、そう簡単には死ねないので、
僕たちはかなり恵まれてますよ。

 

情報を得て、学べば学ぶほど、
自分のスキルはどんどん上昇して、

それとともに収入もどんどん
右肩上がりに伸ばしていけます。

 

時間も自由になり、あなたの手によって
いくらでもいい人生にすることが、
このインターネットビジネスでは可能だということ。

 

学んでいくことで、あなたの人生は
どんどん豊かになっていくことでしょう。

 

僕の情報発信がきっかけで、
1人でも多くの人が理想の生活を掴んでくれたら
超絶レベルで嬉しいわけですよ。

 

そんな会話を、
たくさんの人とお酒でも飲みながらできれば、それこそ僕の誇りです。

 

「スキルを身に付けて、魅力的で自信を持った個人」

 

これを目指して生きましょう。

 

そしてそのために、僕はあなたに
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以上になります。
ぐっちでした。

 

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僕は、29歳になってからネットビジネスを始めて
今では、個人で月収20万の仕組みを作って稼いでいます。

才能もないし、
親には「あんたなんか産まれなきゃよかった」と
言われて育ちました。

有名私立を卒業したのに
手取り12万で働かさせられ、鬱病に
自殺寸前まで追い込まれたこともあります。

そういった状況からネットビジネスに出会い
労働以外の時間で真剣に取り組んだところ
今まで知らなかったことやできなかったことに
挑戦することができるようになりました。

ビジネスを学ぶ過程で
仕組み化についてや
思考を鍛える方法
生産性を上げる方法や
メディアを連動させて自動化する方法
価値の生み出し方

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を身に付けることができました。

学校では絶対に教えてくれなかった大切なことを
ビジネスを学ぶ過程で知ることができ、

そういった人が一人でも多く増えたら
希少価値のある人が増えて
サービスや価値が生まれて
世の中がどんどん良くなっていくのでは?

と思ったんです。

こういった経緯から
僕がゼロからどうやって今の状態に
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ABOUTこの記事をかいた人

社畜営業マンから、2018年に自由を追い求め退職。 「過剰なストレスにより鬱病」で対人恐怖症になり 「頑張るのではなく楽しく生きていく」と心に誓った。 ”自分にあったライフスタイルでのお金の稼ぎ方を紹介”   【趣味】カラオケ、旅行、アニメ、声優、ライブ鑑賞、お笑い、YouTube、ラーメン巡り、競馬